あんこが大好きな人に好まれる羊羹。羊羹は歴史が古く、年代によって様々なものが作られてきました。
そんな羊羹の一部を紹介したいと思います。
羊羹の歴史
羊羹はもともと中国の料理。羊(ひつじ)の羹(あつもの)という、羊の肉を煮込んだスープです。これが冷めるとお肉のゼラチンが固まり、自然のにこごりになります。
鎌倉時代から室町時代にかけて、禅僧によって日本に伝えられたのですが、禅宗では肉を食べることを禁じていました。そこで、精進料理として羊肉の代わりに小豆を使ったものが、日本での羊羹の始まりです。
羊羹の移り変わり
初期の羊羹
小豆を小麦粉または葛粉と混ぜて作る蒸し羊羹が主流。
当時、砂糖は日本で生産できなかったため、とても高価で貴重なものでした。
したがって、一般的な羊羹の味付には甘葛などが使われ、砂糖を使った羊羹は「砂糖羊羹」と呼ばれていました。
蒸し羊羹から派生したものに、芋羊羹やういろうがあります。
17世紀以降の羊羹
琉球王国や奄美群島などで黒砂糖の生産が始まり、薩摩藩によって砂糖が日本本土に持ち込まれると、砂糖を使うのが一般的になりました。
そのため、甘葛を用いる製法は廃れていきました。
江戸時代の羊羹
江戸時代になると、練り羊羹が主流。
1589年(天正17年)に、上方の駿河屋岡本善右衛門によって煉羊羹が作られました。
鶴屋(後の駿河屋)の五代目、善右衛門がテングサ(寒天の原料)・粗糖・小豆あんを用いて炊き上げる煉羊羹を開発し、その後も改良を重ねていきます。
1658年(万治元年)には完成品として市販されるようになりました。
その後、練羊羹を半練にしたものや、水分を多くした水ようかんが作られるようになり、おせち料理として食べられるようになりました。
玉羊羹の登場
玉羊羹とは、ゴム風船の中に詰めた羊羹のこと。
1937年、戦場の兵士に送る慰問袋用のお菓子として、福島県二本松市の和菓子店「玉嶋屋」が日本陸軍からの指示により開発したものです。当時は「日の丸羊羹」という商品名でした。
現在では、まりも羊羹(北海道)や玉花火(新潟県)のように、土地の銘菓として販売しているものもあります。
変わり種の羊羹
現在では、和菓子として楽しむだけではなく、非常食やスポーツ時の栄養補給としての羊羹も販売されています。
最後に
いかがでしたでしょうか?
羊羹もなかか奥が深いですね。これを機に、色々な美味しい羊羹を味わってみてはいかがでしょうか?